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問題提起的ブログですが批判されたい方です。考えどしどし言ってくれると嬉しいです。考え、広げたい!

いやいやアクが強い人こそ結婚相手のBestSolutionです

ニャートさんの

個性が「弱い」人とじゃないと結婚する意味がない - ニャート

この記事を読みました。

幸せな結婚をしたと今のところでは(知り合って10年結婚して5年以上経ちました)思っているババアから以下反論していきたいと思います。

まず

いい結婚相手=アクが強い=自分を譲ってくれる人

この部分です。

いきなりちょっと粗い=で繋げていくなと思いますが(自分は理学部出身なので=粗いのは大変気持ち悪いですね)、

いい結婚相手≒自分を譲ってくれる人はまあまあ賛成です。OKです。お互いに尊重される関係って重要ですよね。

 

でもアクが強い人で他人を尊重できる人ってごまんといませんか?

具体的な反証はあくまでメディアイメージではありますが「さかなくんさん、将棋の羽生さん、山中教授、afuraさん、はてな近藤社長←ヨイショ?)」などなど。沢山いますよね。

皆こだわりなどがあったり変な感覚や人生を歩んでいますが、話し合い尊重できそうですよね。だから実際には以下のベン図⓵が正しい現実だと思います。

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肌感覚では確かにベン図⓵の割合くらいでアクの強弱者が分布してそうです。尊重してくれる人の中でアクの弱い人が多いなら、確かにアクが強い人がいようがアクが弱いくらいの粗い感覚で結婚相手のソートを行ってもいいんじゃない?そう思いますよね。

しかしそんなアクが弱い人がお勧めできないのは上記ベン図②に関係します

アクが弱い人は無能が多い。

才能は個性を作りがちです。才能とは他との差異であり差異から当然他と経験視点が変わるため個性(アク)が強めになります。また際立った才能がなくても努力を重ねて有能になる人もその積み重ねがこだわりや経験の差を生み個性(アク)が強くなりがちです。ですので個性(アク)がない人は無能が多く無能は平均年収が低くなりがちです。もちろんお金がなくても結婚は幸せかもしれませんが、一般的にはあんまりお勧めできませんよね。

また幸せな結婚に唯一無二性は非常に有効な戦略なんです。

ニャートさんの「いい結婚相手≒譲ってくれる人」。これはつまりいい結婚相手は自分を尊重してくれる人ってことだと思うんです。結婚だけでなく円滑な人間関係に必須ですよね。

それにはもちろん元々尊重するタイプ、つまり誰にでも尊重してくれる人を探すのも手です。

ももっといいのは相手にとって唯一無二の存在になって尊重されるっていう戦略をとることです。

で相手に唯一無二になる方法は色々あると思うのですが、一番簡単かつ重要なことは相手にとっての絶対的理解者(味方)になることです。

この方法は相手が一般的に理解されてない程重要になります。そのため個性が強ければ強いほど戦略的に効果があるのです。理解されにくい個性の人が理解されることで相手と深い絆を持つ、こう言ったテーマを描いた作品は沢山あります。

岡崎に捧ぐ(1) (コミックス単行本)
 
ダーリンは70歳 (コミックス単行本)
 

 上記の本も下の本も作者はある程度友達もいて所属する組織もある人たちです。でもその強い個性(アク)の部分は理解されないから孤独を感じている。

そういうアクを誰にも追いつけないくらい深い理解と愛を持って注げば相手にとって唯一無二、かけがえのない存在になるんです。

更に

個性(アク)が弱い人はこちらにとっても誰にでも良い人になりがちです。

そんな人のウンチのついたおしめかえる事になるかもしれませんができますか?鬱になって付き合い切れますか?例え自分が捨てる側になろうと相手に注いだリソースを失うという損失は一緒です。一方個性(アク)の強い部分を愛せる場合こちらにとってもその人はかけがえがないです。

結婚生活を維持しようというこちら側のモチベーションにも大きな違いが生じやすいのです。

 また個性(アク)が弱い人の譲ってくれる行為は愛情を示しているわけでないという点にも着目したところです。

 ニャートさんのおっしゃるアクが強いと「自己愛>パートナーへの愛」になってしまうという部分も実は私は懐疑的であって、全ての人間が自分を一番愛してると思うんですよね。生物学的にも。

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(↑マスターキートン第3話「ラザーネェ奇譚」より)

会話の主導権にしろご飯のこだわりにしろ、こだわりがなく譲ってくれる人っていうのは言い換えれば比較的に幸せを犠牲にせずにあなたと付き合えるわけです。であるから大した愛情ないまま結婚してしまい、いざ愛情を試される局面(介護やうつ病など)になるとあっさり捨てられるということになることも多々あるようです。

でもアクが強い人がこだわりを持っているにもかかわらず譲る場合、そこには相対的には多くの幸せを犠牲にしています。愛情の深さを示されてますよね

。愛情っていうものは目に見えませんから、個性(アク)強い人の譲りは愛がわかりやすいとだけお伝えします。

でも譲ることを強いる関係性は続きませんから、個性(アク)強いけどこだわりの種類がかぶることが少ない人がいいでしょう。

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この図は各人のこだわりの強さ(A)とこだわりの種類(B)を示しています。例えば黄色は食事へのこだわりなどを示しますが、こういうので自分のこだわりとぶつかりにくい人がいいっていうのはまあ間違いないと思います。

ですので下線部⓵と②と③から個性(アク)が強い人の方が結婚相手によろしいことが多く、また最後の段落で指摘したように自分とこだわりが被らない個性(アク)が強い人がなおさら良いとお伝えします。

もちろん愛せる個性(アク)の強さっていうのが大前提と成ります。

つまり個性(アク)が強い人っていうのは避けるべきでなくむしろよく見て愛せそうか見極めたほうがいいよと思います。

 なんだか戦略とか計算高い話になりました。

が、アクが強い人っていうのは人生をより一生懸命生きようとしてる結果であることが多くてその懸命さの結果が忌避されるのはもったいないし可哀想という気持ちと結婚というのはお互いのその個性(アク)を理解しあって互いに唯一無二の理解者になる事なんじゃないかなと思っただけの話でした。

いいなと思ったものがパクリだった時

クロネコマークの原案、見つかる! 作者は当時6歳、担当者の娘さん - withnews(ウィズニュース)

 

↑ニュースを読んで本筋と関係ないある点に驚いた。

あの有名な猫のマークはパクリかよ!

母猫が子猫運ぶようにっていうあのマークは素晴らしいアイデアだと思ってたのに。

 

こういういいなと思ったことがパクリだった時、本当にがっかりする。

日本は西洋のパクリまかり通りすぎだろ

いい加減にしてください、佐野さんとその他!

 

実際身近でもこういうことあったんです。

実は表立って言えないですけどね、本当に自分の考え言えないなこいつと自分の実の妹にがっかりしてたんですよね。

でもある日妹がふとすごいいい視点でものを言ッタンですよ。

思わず感動して褒めたんですよ。

そしたらね。

 

大前研一のパクリでした!いい加減にして!

しかも自分で大前研一を読んでるかと思ったら、前に無理やり押し付けた本のやつでした。

 

 

 

 

あいつを社の問題児にしておこうという空気。或いは本当に皆がそう信じてる時。

前職総務部門に来た私。

総務で経理のAさんがミスが多い、問題児だと笑い話的に聞かされる。

また経理内でもAさんの笑い話的愚痴が多い。

しかし書類を廻してくうちにそれに疑問を持ち、データを個人的にとってみた私。

 

数字上、断トツで問題児はBさんであった。

Aさんのミスもあるが軽微で問題ないレベルだし数自体他の人と変わらない。

Bさんのミスは致命的でかつ量も平均より上。

 

でもAさんは自身でしばしば反省し各部署につど謝り、結果として逆に「いい人だけどミスが多い」となっていた。Bさん他多くの人はミスを指摘すると感情的になり腫れ物をさわるかのようになる。結果としてほとんど誰にもBさんは怒られてない。

またBさんの方が如何にも出来る風なのだ。学歴もいい。年もくってる。

 

つまりAさんを問題児にすることが皆にとって色んな意味で「おさまりがいい」。

 

学歴も低めで見た目は一見出来なさそうだし、脳としてAさんを出来ないと判断する方が容易だ。またAさんは若い方だ。皆にとって目下だ。実績を7割位に割り引いてる。

誰かを犯人にしないといけない時一番Aさんが笑って許してくれる。

Aさんに皆で感情的にも甘えてるわけだけど、感情的にも問題児にしとくと楽。

 

そういう感情的な流れに気づいた私はデータとの乖離に驚きながらも上司以外に伝えず状況を見守ることにした。上司も驚きつつそっとしとくようだ。

 

しかししばしば問題児のように軽く扱われるAさんは、当りが柔らかいがゆえに周囲は気づかなかったがそんなに嬉しくはなかったらしい。

実際印象が先行して昇進や昇給が少なかったようだ。結局彼は転職してしまった。

感情的には大人で優秀な人だからどこでも愛されるだろうと思う。

 

一方Bさんの問題児っぷりは残されたまま。しかも直接知る人以外からは有能だろうという印象から会社からは評価されてるからだ。直接知る人もわざわざ大事にしたくないので人事に報告などしない。

 

という事が以下ループ。いい人がやめてくループ。

 

時々思う。

 

私たちが思ってる以上に印象や感覚は事実とずれてる。

にも関わらずきちんとデータをとったりして実際調べようという人が少ない。

ブラインドテストやデータだけでみたら明らかに首になるような人が皆の印象や認識間違いで首にならない。

また色んなめんどくささで人事をしがちである。

 

でも収益を上げる為の組織である企業で感情や印象を中心として、感情的対立や精査を億劫がって、今後どの程度やっていけるんだろう。

 

結局優秀なAさんがやめBさんが残った。その不利益分、損を受けてるのは結局感情的な私たちなのにどうして冷静に物事が見ることを私たち自身がかたくなに拒否するんだろう。

年下だろうが、見た目はうだつあがらない感じだろうが、実際には優秀な彼のような人を評価しない事を繰り返して没落していくことを選ぶ程私たちは何を守ってるんだろう。

自分たちの印象が正しいだろうという事を訂正したくない、ちっぽけな自尊心だろうか。事実をつまびらかにするのめんどくささから逃避か。年功序列システムだろうか。

そんなの実際には会社の業績が上がって1万でも月給が上がる可能性よりも重要なんだろうか。

いや多くの人にとって重要なんだろうなと思った秋の終わりの昼休み。